不食の時代 vol.02
連休を利用して、
森美智代さんの著書「食べること、やめました」他数書、web上の様々な資料群を読む。
体裁は同じだが、これらは巷に良くある「~健康法」の類ではない。
このことが仮に事実であるとすると、天地がひっくり返る程、とてつもない事である・・・。
とりあえず「西式甲田療法」を実践しつつ、
キーワードである、
腸内細菌、ミトコンドリア、サーチュイン遺伝子
について、研究をしていきたいと思っています。
これは、『耐久性研究』だけのことではなく、『建築についての研究』 でもあり、もしかすると、建築の根本概念を変えるかもしれない程の、衝撃・・・。
科学的に究明してくれる学者の方はいないのでしょうか?
こんな重大なことを研究しない学問って、結局既得権擁護しか出来ない原発村と同じなのでは・・・・・?
コクヨ 鉛筆シャープ

キャンパスジュニアペンシル に続き、大人の太軸シャープがコクヨから登場。
軽く、廉価で、とても書きやすい 一品。
今までシャーペンは、根本的な部分で、耐久性の問題として「チャックが金属製」であることだけにはこだわっていましたが、はたして本当にそうなのか?という事を気にしだしています。耐久性などといってもたかがシャーペン。軸自体及び他のパーツでも金属以外の部分もあり、チャック部分のみの耐久性を問うてもあまり意味がない。こだわってこだわって・・・こだわり抜いたら、結局最初の位置に戻って来た・・・感じです。
求めていたものに近いものが出た感有。軽いってすばらしい・・・。こんなチミッチャイ道具の新商品を出すとは、文具界のダークホース KOKUYO恐るべし・・・。
ロシアは・・・。
アメリカのNASAは、宇宙飛行士を最初に宇宙に送り込んだとき、無重力状態ではボールペンが書けないことを発見した。
これではボールペンを持って行っても役に立たない。
NASAの科学者たちはこの問題に立ち向かうべく、10年の歳月と120億ドルの開発費をかけて研究を重ねた。
その結果ついに、無重力でも上下逆にしても水の中でも氷点下でも摂氏300度でも、どんな状況下でもどんな表面にでも書けるボールペンを開発した!!
一方ロシアは鉛筆を使った。
このくだり大好き。本質を突く姿勢。建築設計時の座右の銘・・・かも。
宮崎駿の弁当箱
最近、感動した記事。
http://www.1101.com/suzuki_toshio/index.html
以下引用-
ぼくは宮崎に出会って26年目に入っているんですけど、
食うメシが他人と違いますよね。
宮崎駿が何を食べているか。
25年間、変わっていないです。
アルミの弁当箱を持ってくるんですよ。
それで、ごはん、ぎゅうぎゅう詰めなんです。
そこには、卵焼きや沢庵や、ソーセージが
コロッと入っていたり、ハムや揚げ物が入る程度。
それを彼はお昼になると、
毎日ハシでそれをガッとふたつに分けます。
こちら側がお昼で、こっちが夜、と。
ジブリの若いスタッフでさえ、みんなが、
「どこの何がうまい、ここのレストランがうまい」
と言っている時に、そういうものには目もくれずに、
とにかく彼は何十年もそれをやりつづけている。
それって、すごいことですよね。
ぼくは、実はそれが彼の発想の原点なんじゃないか、
と思うんですよ。
だって、揺るぐことがないんですもの。
尊敬する宮崎駿氏の、凄さを垣間見た気がする。
ステンレスマグカップ

愛用のステンレスマグカップ/ダブルウオール。左は購入後約25年が経過しているが、全く壊れる気配なしの超耐久性の一品。取っ手もSUS一体である事、若干肉厚SUSと底部が丸くなっている形状が好きで、だいぶ前から同じ形のものを探していたが、最近ついに発見して衝動買いしました。古いマグカップ底部の「MORICO」の文字を手がかりに、ネット等で検索するも、探しあぐねていましたが、ある方のブログに・・・、「MORICO→natural spirits」に名称が変わっている事が記載されており・・・。早速検索して見たら・・・普通に売ってました。しかも、懐かしい「石井スポーツ」ネット通販で・・・。これは何という事でしょう。そういえば、これって、高田馬場の「カモシカスポーツ」か、新大久保の「石井スポーツ」で買った微かな記憶が・・・。まてよ・・・地元高崎に、昔、石井スポーツがあったけど、まさかもう営業していないでしょうね・・・。とりあえず娘といっしょに散歩に行ってみよう・・・。え~!・・・ 営業してました・・・。
という訳で、右のものが新たに購入した新品/250ml 一回り大きいもの です。箱には「株式会社 モチヅキ」とあり、さすがの新潟県三条市の会社です。・・・いつか行ってみたい町「燕三条」・・・。
金属は強く、通常使用では絶対に割れないが、25年の経過は心地よい味になって表現されています。カップ底部には、落下事故数百回はあったであろう小さな凹み・・・。
新品もこれから徐々に味を身にまといながら、愛着道具として成長して行く事でしょう。
三橋貴明氏
極めてシンプルな数字から、国家を読み取る、すぐれた能力のある人。こんな簡単な事を政府・官僚・政治家 が把握していない事に、改めて驚愕してしまいます。最も大きな数字が示す、最も大事な事。この国には大きな国家の方向性を考えている人がいるのでしょうか?
2012年 あけましておめでとうございます。
新年明けましておめでとうございます。
今年は、全てのことを、一歩一歩着実に、叡智と自信を持って取り組み、人生を精一杯丁寧に楽しみたいと思います。なぜか、今年はとても豊かな気持ちで望める気がしています。
この不条理な世の中を、否定し嘆くのではなく、こんな時こそ、冷静に判断し行動する能力を鍛えて行きたい。失敗を恐れるのではなく、鍛えられる事を楽しみたい・・・。あまのじゃくな自分に、最も適した時代がやってきつつある様に思います。
「信じる事」こそが、希望そのもの・・・・・。
生活を落とさない様にキープする事は苦手だが、どん底から這い上がる事は何より大好きな自分がいます。漸く掴めて来ました。
正月元旦に撮ったニューイヤー駅伝の写真から、今年はスタートです。
皆様方も健康に留意され、良い年を過ごされます事を祈念致します。
今年も宜しく御願い申し上げます。
自虐の本質
I asked God for strength, that I might achieve,
I was made weak, that I might learn humbly to obey.
私は神に求めた、成功するために強さを。
けれど弱き者とされた、謙虚と従順とを学ぶために。
I asked for health, that I might do greater things,
I was given infirmity, that I might do better things.
私は求めた、より大きなことをなすために健康を。
けれど病を与えられた、よりよいことをなすために。
I asked for riches, that I might be happy,
I was given poverty, that I might be wise.
私は求めた、満足するために富を。
けれど貧しさを与えられた、賢明になるために。
I asked for power, that I might have the praise of men,
I was given weakness, that I might feel the need of God.
私は求めた、人の賞賛を受けるために権力を。
けれど弱さを与えられた、神の御心を知るために。
I asked for all things, that I might enjoy life,
I was given life, that I might enjoy all things.
人生を楽しむためにすべてを求め、
けれど、すべてを喜び楽しんで受け容れる人生を与えられた。
I got nothing that I asked for -- but everything I had hoped for.
求めたものは何ひとつ与えられなかった―けれど、すべてはかなえられた。
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.
I am among all men, most richly blessed!
こんな私のあるがままで、無言の祈りは聞き届けられた。
私は、すべての人の中で最も豊かに祝福されている。
軽井沢 塩沢湖タリアセン
毎年夏になると必ず行く場所。軽井沢塩沢湖。
軽井沢の原風景をそのまま留めた、静寂感と自然。かつて『宮沢湖なかよし動物園』を設計する際に、何度か訪れた場所です。SD設計(?)による、シャープでモダンな造形は今も朽ちる事なく存在し、自分が持つ『軽井沢らしさ』に最も近いものを醸し出しています。
レイクサイドレストランでのビールは最高(ノンアルコール・・・)で、まるで北欧にいるかの様な気持ちにさせる、至福の場所・・・。自分にとっては、キンキンした新しさのない、景色や食事、自然を楽しむために丁寧に設計された、主張しすぎない「枯れた」建築が好きなことが良くわかります。ここには、「ホンモノ」が確かにあります。
建築・人生・・・もっと深く掘り下げよう。
講演会資料02
ウサギとカメ の物語:
足の速いウサギと遅いカメが競争した物語。ウサギはとても速いが途中で昼寝をしてしまい、カメに抜かされて負けてしまうというお話。優位だからといって気を抜くと、遅い奴に抜かされるから、調子に乗るな。 という啓示のお話だが、これを数学的に考えると、ウサギとカメの「平均速度」という話になる。レースが1時間程度という制約ならば、ウサギが圧倒的に速い事になるが、これが一週間、1ヶ月、一年・・・最終的には一生で・・・・となると、話は大きく変わってくる。つまり、最終的にどちらの方が、遠くに行けるか?という質問だとすると、今度は圧倒的にカメの方が優位という事になる。いつもカメの方が勝つ・・・。ウサギは速い様に見えるが、長続きせずすぐに疲れてしまう一方、ゆっくりだが長生きするカメは時間と共に優勢に変わり、この勝負は、結局時間を長く取ると、何度やってもカメの勝ち となる。
短距離走の得意な自分は、人生の一生を掛けた勝負を想定していなかったが、最近つくづくこの事を考える様になっている。クソつまんないけど、ゆっくり一歩一歩が良い・・・という事を。
講演会資料01
この度、フェリカ建築&デザイン専門学校 様の御厚意にて、来る9月24日 講演を行う事になり、改めて感謝申し上げますと共に、いままでいくつか行ってきた講演、講義に対して、準備不足であった事を猛省し、今回からは、準備を万全にしようと心に誓うべく、ココに防備録として残す事とします。
建築:未来を見抜く力
時間軸を通した建築設計について
・本来的に建物は、不動産:資産 であり、価値を存続させる事が最も大切な事。
ex1)住宅:
天災に強い。地震や火事、台風や落雷 など、様々な外的要因に対して強い事。
夏涼しく、冬暖かい 快適な生活が営める事。
ex1)商業ビル:
パッと見が最重要。センス良く目立つ事が売り上げに繋がる。形=価値
「飯を食う」ための道具であり、迷いの生まれる感情は不要。割り切りが必要だが、論理 があり理解しやすい。
・・・
そして大切な事は、それらを、長い間持続させる事(耐久性)
本来、これらの事を最大限重視して建築するべきであるが、これらの事が、現在の教育機関ではなぜかないがしろになっている。少なくとも自分はこれらの事をきちんと教わった事がない。あまりにもあたりまえなので、学問にならないから。だからだろうが、はたしてそうなのか?
今、みなさんの住んでいる家の部屋で、北向きの部屋と南向きの部屋があると思いますが、どちらの部屋の方が住みやすいでしょうか?夏は北、冬は南が良い様ですが、気温以外にも色々なファクターがあり、それらを様々に想像しながら、設計は練り込んで行きます。
・寿命を倍にしたら、価値がどれくらい上がるか?見た目がどれくらい下がるか?
・不思議だけれど、華奢(キャシャ)なものは魅力的。ゴツイ図太いものは嫌われる。なぜか?
※途中
ブラックスワン
ふつう自然科学や経済学で確率を考える場合、ほとんど正規分布を仮定している。しかし実際に世界を動かしているのは、そういう伝統的な確率論で予測できない極端な出来事――Black Swanである。(略)
たとえば9・11の前に、今のように厳重なセキュリティ・チェックが提案されても通らなかっただろう。飛行機
ごとビルに突っ込むという行動は、人々の確率論的なリスク評価の枠外にあったからだ。このように、いわばメタレベルで人々の予想を裏切る現象がBlack
Swanである。ここでは母集団が未知なので、その確率分布もわからない。圧倒的多数の出来事はごくまれにしか起こらないので、その分布は非常に長いロン
グテール(ベキ分布)になる。
ではBlack Swanを予測する理論はあるのだろうか? それは「予測不可能な現象」という定義によってありえない。複雑な世界には、すべてを説明する「大きな物語」はなく、個別の実証データにもとづく「小さな物語」を積み重ねるしかないのだ。 池田信夫blogより
一方、全ての出来事には原因があり、その原因により結果が現れる。現在は過去全体の総和であり、宇宙にはまごう事なき法則がある。(原因と結果の法則)
ブラックスワンという考え方は間違いない事実だが、その思考の背景には、何か良くない事をしている人が感じる、どこか「おびえた」心を写している。ブラックスワンを意識するのは、「今が幸せ」の人々なのであり、真逆であればブラックスワンは、「神風」、「ありえないうれしい奇蹟」なわけなのだから・・・。
結局、今起こっている原発事故が、世界の他のどの国でもなく、この日本で起こった事は、今、冷静な心で思うと、何となく歴史の必然な様に思う。
細部に渡って注意を払う。小さな事もなおざりにせず、真剣に注意を払う事からはじめましょう。全ては小さな事の積み重ねなのだから・・・。
首相官邸への御意見を投稿してみました。
3.11.に発生した地震による国難に際し、被災された方々への充分な支援をするためには、政治家、官僚公務員、年金受給者(いわゆる税金を貰っている方々)が、まず率先して既得権を、一定の水準まで諦めて頂く事こそが、国民に勇気と希望を与えます。税金を上げる前に、まずこの国のリーダー達が身を正す事がなにより先です。政治家・公務員の不作為による自己保身はあまりに見苦しく見ていられません。身を捨ててでも人々を守る姿こそが、今最も必要な姿勢ではないでしょうか?
自分探:001合理主義
『合理主義。』
『無駄を省いて、効率UP』を目指していた。
という事は、つまり、
できるだけ『ラク(楽)で、トク(得)する。』 こと を目指していたことになる・・・。
ほぼ全ての現代人が当然の様に指向しているこの事が、自分も設計の基本コンセプトでした。どうすれば、気持ちよく、安価に、効率よく 建物を造るか? に集中し続けていました。美しい形は、この事が修練されて、最終的に完成するはずだ。と思っていました。だから、大きな個性を出す事が憚られ、 一見無駄に見えるが実は一番大切な『個性』を削除してしまっていました。
『僕は、僕でいいんだ・・・。』
合理主義をベースとしながらも、控えめでも、自分の個性を出す事に集中することを、ここに宣言します。
・ヘビーデューティ(Heavy Duty):激しい労働や過酷な自然条件に耐えられる、実用性のある衣料品や品物。
圧倒的な耐久性を持つもので、見せかけの装飾を排除した、見た目を意識しない造り方。
・質素:飾り気がないこと。つつましくて倹約なこと。
この様な、見た目を意識しない事で、結果的に最も美しいものを造る行為を研究しています。この事は、人が単に、『目』でモノを見るのではなく、『気持ち』でモノを見ている事を大きく意識しているのです。頭だけで考えるのではなく、体と心を総動員して検討する事が大切です。何となく解って来ています。
偽善
自分は偽善がとても嫌い。偽物(ニセモノ)が大嫌いで、ホンモノ(genuine)でないと納得しない。たいていの場合、ぱっと見できれいに見える物は、偽(イツワ)っている場合が多く、よく調べるとウソな場合が経験上も圧倒的だ。人目を気にして、とりあえず取り繕い、本当は違うのにそれらしく見せかける事を、『偽善』という。これみよがしの慈善行為や、臭くてたまらない偽善TV番組が横行している事に、内心忸怩たる思いが募る。
ホンモノは目立たず、実は逆に一見杜撰に見える。しかし、時が経った後に本当の事は必ずわかるものだ。威張りたい気持ちは解らないではないけれど、募金やボランティアなど、偽善をブログに載せるのはもうやめよう。
新しい地平
日本が大変な事になってしまった感がありますが、いくつかのブログと共に、震災以来ずっと見続けている武田邦彦教授のホームページ http://takedanet.com/cat5621932/ により、若干ではあるものの、漸く心の安定を取り戻しつつあります。毎晩原発関連の事をネットで調べて寝る習慣から、たぶん原発についてはかなり詳しい人間になっていると思いますが、自分が根っからの理系人間で、どうしてこうなったのか?これからどうなって行くのか?を知りたいと強く思うが故の行動だとつくづく思います。
誤解をおそれずに言えば、福島原発の現在の悪い状態は、いづれ何かのイベント(事象)でバランスが(悪い方に)壊れ、担当職員の全員の避難により、全ての原子炉が制御不能となる事が、最も確率が高い事と思われます。
そうなった時の、避難エリアの距離が半径200kmが大丈夫なのか? に、日本の存亡が掛かっていると思います。つまり、200km(東京、高崎共)を超える避難指示が出た場合、日本は経済的に大きな打撃を受ける事になり、数年間は大混乱に陥ると思われます。
経済の問題は、いずれにせよ最大の問題ではなく、日本に力があれば、いつかは復活する事でしょうが、どの程度で止まるか?により、今後の行動が替わり、それが解らない状態が今後数ヶ月続くかも知れないという事が、今最も厳しい事の様に思います。
日本は言霊(コトダマ)神話があって、良くない事を言わない=悪い事が想定出来ず、思考停止し最悪の状態まで落ちる。事になりたがる習性があるように思います。
その他、
後藤政志氏 元東芝設計者:http://www.youtube.com/watch?v=etcASxPNzeU
孫正義氏ツイッター:http://twitter.com/#!/masason
平井憲夫さん プラント配管技師:http://www.iam-t.jp/HIRAI/
自分、つくづく、こっち側の人間(本当の事を言うから、地位と名誉がない)なんだな~と思いました。偽善大嫌い・・・。
暮らしの手帖
暮らしのヒント集より
外出から帰ったら、家に入るまえに上着を軽く手でたたいて、ほこりや花粉を落としましょう。
朝起きたら白湯を一杯、ゆっくり味わいながらいただきましょう。
・・・・・・・
日々の生活リズムを丁寧に造りながら、この困難を乗り越えよう。
2011.03.11.
暫くの間、更新する事を止めておりましたが、再開したいと思います。
日々の仕事、PTA、JIA、家庭 という4つの行動をそれぞれ完璧に無理なくこなす事は、本当は数学的には不可能な事でした。しかし、偶然にも重なってしまった以上、また、そのことが不可避である以上、それぞれ少しずつ無理をして、解らないよう工夫しながら何とかこなして来ました。特に仕事は、御迷惑を掛けないように、出来ない仕事はお断りをして参りました。
2011年3月11日:その日は、
・PTA会長としての高松中学校の卒業式
・日本建築家協会代表としての、建築祭オープニングセレモニー
が予定され、その準備として、数ヶ月前から準備を重ねてきた、まさにその日でした。
PTA会長としての最大の試練は、卒業式。爆発的に忙しい中事前に準備を重ね、本番は上手く出来、完全燃焼。そのまま飯も食わずに午後のJIAオープニングセレモニー挨拶。来賓の皆様にも丁寧に御挨拶が出来、さあ、これから1週間の建築祭が始まる・・・と意気込んでいた所に・・・・。
ピンと張っていた太い糸が切れた音がしました。震災後1週間、ほんとうにぎりぎりでしたが、自分にとってのPTA、JIAでの責任がほぼ果たされました。とても大きな重荷を降ろす事が出来た反面、この大震災という新たな重荷が、全く違う次元でのしかかってきています。
丁寧に生きる事が、本当の意味で実行される時が来ました。
毎日を愛おしみ、全ての事を丁寧に考え、行おうと思います。
迷っている自分
久々の更新となってしまいました。
JIA、PTA活動が尋常でなく、体力的にいっぱいいっぱい・・・。
どうにもやる気が続かず、啓発系のブログばかり眺めるが、画期的効果が出ず苦悩中。
先週日曜日はJIA新潟地域会の学生卒業設計コンクールの審査委員として出席。この時の事は後で書きますが、中学校の運動会と連チャンだったために、つかれ・・・・「疲れた」と言ってはいけないんだった!今日も一日PTA。明日は事務所協会懇親会・・・・・。
めげずに仕事するど~! 寝ないでやれー! がんばれ~!! オシ!気合い入った!
PTA会長じゃ~!!
いよいよ今年度から、中学校のPTA会長になります。明日入学式・・・。今その準備をしています。PTA活動という、自分にとっての試練を敢えて受け入れ、子供達のため、社会のために貢献しようと思ったのには、理由があります。ひとつひとつの行事に思いを込め、毎日の生活を精一杯きちんと送る事が、何より大切と思います。得意でなかったスピーチも、愚直な練習によって克服し、皆さんの心に残るメッセージを発信したいと思います。
今年度も引き続き代表となる、日本建築家協会も、万全です。入学式、総会等々忙しい日々が続きますが、建築に対する姿勢は、変わらず日々磨き続けようと思う、今日この頃です。
ブログ停滞気味でしたが、宜しく御願いします。
いよいよJIA建築祭3月20~22日
いよいよ、JIA建築祭も秒読み段階となってきました。概ねの準備も完了し、後は当日を待つばかり・・・。やり残したことはないかな?
3月15日から、ラジオ高崎で、毎日お昼の12:44~(再放送は夜23:00~)「まちの建築家と話そう」 という特別番組が放送されます。是非聞いてみて下さい。
東山魁夷全集 全10巻

あまりにも有名な芸術家 東山魁夷。年始に某所にて、東山魁夷全集全10巻 を驚きの低価格で購入。正月休みにしみじみと見入りました。
井上靖氏との対談の中に、
「形式の上で、今までにないものをつくりあげていくことのみにこだわっていると、行きづまりが見えてきます。めまぐるしく変わっていくほうに自分を合わせて仕事をしていく場合は、その人自身は、いったい何なのだろうということになる。」 「自分を曲げない、自分に忠実であることしか生きる道はないようですね。」・・・・・・とあります。
偉大な芸術家である氏ですら、様々に迷いながら進んでいます。
「その時に家庭に悶着がなく、食べられないほど貧乏じゃなくて、健康にもすぐれている、そういう仕事ができる条件にぶつかると、大きな仕事ができますね。ようやくスタートを切って、これから書けるという時期に、病気になったり、子供が病気になって、心配ごとが2,3年続くと、書ける時は、ずれます。書くのに邪魔にならない条件がそこにあれば、仕事がよくできるようですね。これは自分で努力しても求められないものです。」 「自分の絵が人から好かれ、しかも売れることはまったく計算に入っていなかった。戦前はある程度そうなりたいと思ったんですが、戦後はその気持ちがなくなったところから出発しました。」
徐々に状況が解って来た様に感じます。新たな気持でスタートします。
※驚きの低価格=1冊100円(消費税別)也。信じられます?何気に行った所で、何気に店員さんに話しかけたら・・・無造作に積み上げられた全集の驚愕のお値段!・・・これって運命・・・。
新年あけましておめでとうございます。
新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
ブログも徐々に、単なる日記としてではなく、見る方々があっと驚く様な、何か役に立つものとする様、自分磨きをして得た希少な知識や独自の思いを載せてゆきたいと思っています。極めて厳しい社会情勢の中、この機会をチャンスと捉え、新しい時代に新しいアイデアを創造し、社会の皆様に貢献したいと思います。
禁煙・運動・減量
日々の暮らしの改善から。
出来るだけ負荷を減らし業務遂行中心の現在の生活を、年齢から来る健康維持への必要性の見地から、適度な抑制を実行します。
簡単に言いますと、『日頃の不摂生を我慢して、健康に気をつけます。』って事です。
大きな疾病のない今のうちから、始めようと思いました。今まで気持ちの中で、何となく大丈夫な感じがしていたのが、昨日夜中にふと目覚め、何を思ったか枕元にあるパソコンで、様々な事を調べ、何故かその気になりました。
パッションとは不思議なもので、その気になるって事は、物事の一番奥にある最も大切な事である事を、些細なことながら実感します。
「小さく始めて、継続させる。」 始めます。
クライメートゲート事件
ついに出た。
科学史上最悪のスキャンダル?! "Climategate"
地球温暖化懐疑論の決定打となるでしょうか?現在世界中の政治家が騒いでいる事の本質が、間違っていたとしたら、皆さんどうするのでしょうか?
どうあれ、科学的思考で、正しい道筋を見せていただきたいものです。自然科学に属する建築という学問は、この大きな問題に極めて大きくに依存しているのですから。いままで我が物顔で威張っていた人々は、いったいどの様な落とし前をつけてくれるのでしょう?
みなさんはこの問題、どう思いますか?
事業仕分け パソコン編
パソコンの外部記憶装置(NASのハードディスク)が結構一杯になって来ており、若干スピードが落ちてきている様なので、民主党政権に倣い、中身を仕分ける事にしました。毎日少しずつですが、特に写真のフォルダの不要なものを削除して行こうと思います。先日から観ていますが、近年になって写真を撮る量が倍増し、無駄な写真が極めて多い事に気づきます。しかも最近のものはデータが大きく、連写機能などを使ってしまうととても大変で、デジカメで撮ったそのままが野放しに放置されているものが多くありました。家族写真などにも聖域を設けず、選別するのは難しいのですが、沢山取りすぎているものなどは躊躇なく捨てます。これって政治・行政の世界と全く一緒。行政の無駄がいかに多いか、何処まで出るのか。行く末に期待しています。
日々の暮らしの中の「垢(アカ)」を出来るだけその日の内に取り除き、日々清らかな生活をすることが、丁寧な暮らしにつながることを実感します。生活の半分は掃除と仕分けで良いと思うこの頃です。
情報が多すぎる事は決して豊かな事ではなく、また必要な情報はそれほど多くなく、本当に必要な情報は、たった一つ だったりすることを、最近つくづく知る様になりました。
この事は家を造る際のキーワードと思います。
仕事編に続きます。
早稲田大学理工建築合同クラス会

11月7日、我が母校早大理工学部建築学科の合同クラス会があり、今年度は58年卒である我々の代が幹事年という事で、久々に行くことにしました。高田馬場駅に降りるのも数十年ぶりで、通学路も大きく様変わりし迷子になりそうでしたが、何とか辿り着きました。懐かしい顔が沢山で、皆まるで変わっておらず、人の名前が覚えられない病の自分が、二十数年ぶりにあう友の名前が次から次へとすらすらと出てきたのには自分もビックリでした。皆大企業の部長クラスや色々な職業の人になっていて、それなりに皆高いポジションになっていましたが、相変わらず皆謙虚で、正に童心になり『ふるさと』に帰ってきた様なとても楽しい時間が過ごせました。肩書きという甲羅でなく中身の実質で考える理系的スマートな思考で、同じ様な意識を持ち、同じセンスで、生きている仲間達は自分にとって本当の心許せる『友』であり、ここ大久保のキャンパスは、自分の建築人生のまさに『出発点』であった事をしみじみと感じました。
上の写真は1967年竣工時のもので、自分が通っていた頃と同じですが、現在はたくさんの建物が増築され現代的な香り漂うすばらしい校舎となっています。
http://www.sci.waseda.ac.jp/index.html
地域サミットin群馬

10月24、25日、JIA関東甲信越支部 地域サミットが、群馬県で開催されました。当初より、群馬音楽センター問題と絡めて開催を、と思っていましたが、熟考の末、高崎マーチングフェスティバルと伊香保温泉の組み合わせで。という事になりました。
で、宿泊は、上写真の『横手館』。大正9年建造の木造総檜造りの4階建ての建物は、JIA地域会代表様達うるさ型様にも概ね好評で、情緒溢れる館内は大変見応えがありました。
やはり、温泉はいい~。
広い廊下に階段がたくさんあり、年月を経たヒノキが美しい艶色を出しています。窓は全て当時の木製窓の内側に樹脂サッシが後付されていて、すきま風をシャットアウトしています。外観を維持するために、様々に工夫されていました。
JIA会長、支部長選挙の時期と重なり、会長候補である相田さん、芦原さんも御参加頂き、又、建設か中止かでもめる八ン場ダム問題の中心的地元県議、JIA群馬の会員でもある萩原さんも参加し、会は大いに盛り上がり、楽しいものになりました。
翌日は、『音楽の町・高崎の《今》と《原点》を歩く』と題しましたエクスカーション。音楽センターとマーチングフェスティバルの見学となりました。皆さんじっくりと作品を味わっておられました。
マーチングフェスティバルを見学し、解散となりました。なんとか無事に終わりほっとしたと共に、自分もJIAの一員としての自覚がまた一歩強くなった様に感じています。
御参加頂いた皆様ありがとうございました。
一つ一つの出会いや出来事を大切にし、自らの思考を揺るぎないものにして行こうと思いました。ブログ続けるドー。
平成21年度 群馬県高校生 建築展 設計:正田 亨氏

群馬県内の建築を専攻する高校生による、作品展が、群馬県館林市 正田ギャラリー(正田醤油本社屋内)にて、10月17~18日 開催されました。今年で第8(7?)回目となる、JIAによる審査により3作品に「JIA賞」を授与する事になっており、審査員として審査をして来ました。
今年は高崎工業高校で9回に渡り授業をした事もあり、高校生の考え方が掴みやすく、図面に賭ける気持ちが伝わってきます。同行したもう一人の審査員ともほぼ意見が一致し、3賞がすんなりと決定しました。各学校共立派な作品が展示され、それぞれにアイデアや工夫を凝らしたものばかりでした。それぞれの作品を描いている学生達を思い浮かべると、何か心に熱いものを感じるのは、自分が年をとったからなのでしょうか?彼らを待ち受けている未来は決して明るくないかもしれないけれど、出来るだけ良くなる様に、自分達が切り開いて行かなければならないと、思う様になりました。
当施設改修を設計・監理された正田 亨さんは、大学の後輩に当たり、坂倉建築研究所の御出身であり、また外国留学経験もある極めて優秀な方で、是非一度お会いしたいと思っていましたが、当日講演会がある事を知らずにおり、とても残念でなりません。いつか是非お会いし、色々な話が出来ればと思っています。
榛名神社 調査
最近の合併で群馬県の高崎市になった、榛名町にある榛名神社。調査のために数十年ぶりに来社しました。神社発祥は古く、伊勢神宮よりも前というきわめて由緒正しい神社です。建造物も1700年~1800年に改修・改築されており、その後も様々に改修された痕跡があります。
今回概ねの概要の調査でありましたが、図面化するための予備測量・・・・・・・屋根のむくりや装飾、木組の複雑さに・・・・・圧倒されました。全く歯がたたない・・・・・。昔の人は、重機も電動工具もない時代に、この様な岩に囲まれた山の奥まで人力で材料を運び、御神体である岩にくっつく様に建物を自由にしかも精度抜群に造ってしまう。現代の人間ではとうてい不可能な事をやってのけている事に、その建物を計ることすら出来ない自分の能力の無さに呆れるとともに、昔の人の能力にいまさらながら驚いています。
建物裏側にある岩(御姿岩)が御神体で、本堂正面に立つと、建物の奥のその奥に扉があり、その奥がこの岩自身になっている、設計コンペで優勝しそうなみごとなコンセプトの建物構成になっている事にも驚きます。
内部も保存状態も良く、さすが重要文化財。この様な建造物が地元高崎にあったという事に驚くばかりです。「榛名~」などとバカにしていた自分を深く反省しています。
参道を2往復しただけで、筋肉痛になっている自分の様な現代人が、建物の創造者「建築家」などと偉そうにして良いはずもなく、ただひたすら圧倒され平伏すのみでした。
しかし・・・・・人間って、ほんとうに進化しているのでしょうか?
谷川岳

連休休みで家族で谷川岳へ。ロープウエイで山腹まで行き、そこからさらにリフトで山頂手前まで行きます。そこからの景色は絶景で、かつて何度もスキーで来た場所でしたが、雪のない景色とは別物です。子連れのため山頂へは行きませんでしたが、持って行った双眼鏡でみたら、山頂までの細い一本道には、登山客がずらり・・・。数百メートルに及ぶ大渋滞・・・・・。最近高齢登山者が多いとはニュースなどで知っていましたが、ここまで凄いとは・・・・・・。子供達には無理と思い躊躇していたものの、意を決してリフト乗り口まで徒歩で下山してみましたが、これ・・・・メチャ楽しい・・・・・。(◎´∀`)ノ 良い天気にも恵まれ、新しい趣味が出来た様に思いました。
ロープウエイも新しくなっていて、ロープが2本あり、揺れない物(フニテル式)になっていてとても快適でした。(値段も良いけど・・・)
谷川岳ロープウエイ
上越高原 ラフティング体験
夏休みに家族で行った新潟:上越高原から少し奥に入った米どころ信濃川の急流下り(ラフティング)に参加。前日の大雨で水かさがピークに達し、中止直前の危険度MAXでの決行。始めての体験に子ども達は凍り付き親もハラハラものでしたが、慣れてくるととても楽しい体験でした。
写真は川の途中の滝での記念写真。この滝の水量と滝からのしぶきと風がハンパでなく、目も開けられず息も出来ないで、こども達を守ることでイッパイイッパイ。ラフティングよりもここの方がよっぽど怖かったです。あ~死ぬかと思った・・・。でもまた行ってみたい。新潟魚沼地域は田んぼがきれいで穴場です。比較的近く、興味も乏しかったけれど、とても良い所。是非観光に行ってみてね。
京都2009 その2
ココは何処?言わずと知れた『清水寺』。絵葉書の様に美しい写真がいくらでも撮影出来る場所。
写真は簡単に撮れるが、これを造るのはメチャ難しいって事が、先日群馬で建物現地調査をした時に思い知りました。
清水寺本堂:江戸時代初期に建造された舞台付き建築。国宝。
優美な起り反り(むくりそり)曲線を見せる寄棟造り、桧皮葺きの屋根や軒下の蔀戸など、平安時代の宮殿、貴族の邸宅の面影を伝え、四囲の音羽山の翠緑と見事に調和する。
寛永10年(1633)再建、正面36メートル強、側面約30メートル、棟高18メートルの大堂で、堂内は巨大な丸柱の列によって外陣(礼堂)と内陣・内々陣に三分され、最奥の内々陣の大須弥壇上の三基の厨子(国宝)内に本尊千手観音と脇侍(わきじ)の地蔵菩薩・毘沙門天を祀る。
そして錦雲渓の急崖に約190平方メートル、総桧板張りの「舞台」を懸造りにして張り出し、最高12メートル強の巨大な欅の柱を立て並べて支えている。
「清水の舞台から飛ぶ…」の諺(ことわざ)があるが、舞楽などを奉納する正真正銘の「舞台」で、両袖の翼廊は楽舎である。舞台からの眺望は、実に絶景。 (清水寺homepageより)
JIA全国大会 京都
去る10月1~4日、京都 前川 國男氏設計の京都会館を主会場に、JIA全国大会が開催されました。我が群馬地域会からも、延べ約10名が参加し、様々なプログラムを堪能しました。
宿泊はココ、http://kaikoan.jp/index.html
京都の町家をそのまま使った懐かしい香りのステイ。
ここで仲間の皆様とひたすら楽しい『自炊生活』。おいしい食材とお酒を調達して、建築談義に花が咲きました。京都の有名な寺院を観るだけでなく、京都の街の庶民の生活を実体験し、銭湯に行ったりまちなみを覗いたり、中々味わえない体験が出来ました。
地球温暖化詐欺
世紀のミスジャッジ!少し長いですが是非御覧下さい。
自分的にはくすぶっていた思いが全て解った様なビデオです。
http://www.youtube.com/watch?v=P--pmZpwYEY&feature=related
高崎工業高校 授業

昨年度より始まった、JIA群馬地域会他団体による、地域の担い手プロジェクト。前橋工業高校と高崎工業高校の学生への授業や実地体験等の実施するプロジェクト。今年の高工はだいぶ気合いが入っていて、住宅設計をエスキス~製図まで(全8回)担当する事に。大いなる期待に応えて、まず初回は旧井上邸に連れ出し、建物の説明や各自スケッチを実施して、直接名建築に触れ合う授業からスタート。2回めからは毎回9人ものJIAメンバーが学校に出向き、小グループに分かれて住宅の設計に挑んでいる。極めて多忙なメンバーも悪戦苦闘しながらも着実に成長していく学生達を見て、自分も含めて満足し、互いに貴重な時間を過ごしていると実感している。きっとこの小さな出会いの種が、お互いの人生に大きな意味を持ち、いつか何らかの形で実を結ぶことになるだろう。彼ら(彼女ら)がりっぱな大人になって、同じ社会で再び出会う事を楽しみにしています。
少欲知足
現在の閉塞感を何とか解決しようと本屋さんに行って見つけた一冊。「けち」という題名だが、内容は一般的な「けち」の事ではなく、仏教の「足(たる)を知る」 ことが不安をなくす方法と教えている本。『今の不安は見えない欲望の裏返し。』という言葉が自分の心に響く。欲が深く、より多くを望み、希望が叶わないと嘆き悲しんでいた毎日の生活を改め、少欲知足で行けば不安もなくなる。フッと気持ちが楽になった一冊。未だおこってもいない将来についてさえ、欲を出して欲しがるのは、確かに神を冒涜している行為だ。結局なるようにしかならず、覚悟をし、その時に臨機応変に対応すれば足りるのだ。膨らみ過ぎていた経済を躍起になって回復させるのではなく、欲を減らして行く方が間違いなく幸せになる。と確かに思う今日この頃・・・・・。仏教って結構深いかも・・・・・。人より欲が深かった自分は、それが分かりやすく体型にも現れていた様に思います。反省し心も体も減量しよう・・・・・・。
やなぎ幼稚園トイレ改修
約10年前に建設した幼稚園のトイレ部分の改修。新しい園舎が東側に出来たため、少し暗くなってしまったトイレを明るく、機能的に改修するため、幼児用トイレブースをドアなし(ノンポルトブース)に変更し、床・壁・天井・照明器具を更新した。壁タイルのイメージは『お花畑』。暖色系100角タイルを花畑風に散りばめて華やかなイメージに。明るく健やかなイメージのトイレに変身した。この様な意匠を決めるのに、人知れず大層時間と労力が掛かっていて、アイデアの創出は苦悩の連続。(この苦労解ります?) だからこそ、尚更出来上がりが良いと嬉しい。突貫工事での施工も上手く行った。丁寧に施工する突貫工事って結構いけるかも・・・・・。
GDPとCO2排出量は比例している。
自分は物理的な思考しか出来ず、単純明快にしたモデルにして明快な答えを出す癖があり、物事を曖昧に考えることが苦手。 経済成長とエコについて、いつも考え込んでしまいます。経済:モノ=カネが動くこと。エコ=モノを動かない側にすること。国家的研究機関も証言している通り、『GDPとCO2排出量は比例している。』のは間違いない事ですが、日本がどうしたいのかがさっぱり解らない状態が続いています。ちょうど良い折り合いの所に行きたいなら、はっきりとその様な目標を提示してほしいものです。
先日地域の高校での授業のお手伝いで、「環境に配慮した家」を設計する学生の指導をする事になり、色々考えていますが、この矛盾した事を間違えずに教えることがいかに難しいかを実感しています。建物を造る=膨大なエネルギーを使う=経済的に発展する。いままで迷いなく行ってきた経済行為を、片方では『良くないこと』と言われたのではやる気が失せてしまう。学生達はその事を本能的に良く知っているように感じます。建築界全体が大きな岐路に立たされている今、『うそつきな大人』と言われないように、まじめに一緒に考えたいと思っています。
熱力学の第2法則『エントロピー増大の法則』=やればやるほど、増大する。=電気自動車ってドコがエコなの?=新しい何かではなく、生活に必要なもの以外の無駄をなくそう。=田舎で自給自足してるおばあさんが一番エコ・・・・・。無駄学を学ぼう・・・・とりあえず自転車に乗ろう・・・・・。
ガッツ
ガッツ石松などの『ガッツ』は、英語で「やる気、根性」という意味と、「内蔵(食肉のガツ、ラケットのガットなど一般に使われる)」という意味がある。生物とは「食べるもの」であり、全ての生物は何らかのものを自分の中に入れて代謝する。どうして、ガッツ=やる気 なんだろうと思ったらひらめいた。もしかしたら、生きようとする源は、内蔵から発信しているのではないか? そういえばどこかのネットにも出てた様な気がする・・・・・。
頭で考えるのではなく、お腹で考えれば、やる気が増すかも・・・・・。
日々の暮らし
4,5月はJIA、PTAの業務が目白押しで充実を超える忙しさだった。ふと足下を見ると日々の業務、生活が・・・・・。表舞台の興奮が大切な事を忘れさせ、怠慢と努力不足に陥っている自分を発見します。毎日丁寧に積み重ねることの大切さを改めて書き記し、実践して行こう。アイデア、製図、禁煙、減量、子育て、運動、研究、・・・・・。毎日の小さな努力の積み重ねの連続体以外には、飛躍のパワーになり得ないって事は解っているのだが、様々な行事に身を任せ、つい本質を忘れてしまう自分の欠点・・・・・。負荷!!我慢!!!仕事!!!!徹していこう!
高崎U邸
高崎市観音山連峰中腹に建つ、『手造り土間のある家』、U邸が竣工。様々な困難を建主と共に克服し、遂に完成を観た。全てに完璧な目標を設定し確実に達成する、決して多くを望まないがキチンとしたコンセプトを掲げる、便利過ぎない事を逆に楽しみながら生きている建主夫妻の生き方を、様々な部分で丁寧に具現化し、断熱・気密を始め各所ていねいに施工した結晶の完成。ちょっとだけどみんなで施工した手造り土間は味わいがあり、私達にとっても忘れ得ぬ思い出となりました。コンパクトでありながら収納量も多く、敷地の特徴を生かした様々なアイデアは毎日の生活に潤いを与えると思います。施工の安藤工務店・安藤社長様、色々わがままを言い申し訳ありませんでした。
建主の丁寧な暮らしを影から応援しています。皆様ありがとうございました。
高崎市立桜山小学校

古谷誠章先生+NASCA(八木佐千子さん)設計の小学校が完成し、初の施設見学会があり、妻・スタッフらと参加。ワークショップやJIA群馬地域会にて主催した古谷先生の講演会等である程度の施設概要は把握していたが、やはり建物は見ると違う。膨大な事柄を検討し丹念に造られた建物は、存在感満点でスケール感~ディテールまでとても意義深いものでした。早稲田建築独特の香りが凛として清々しく、昔の郷愁にひととき浸りました。妻も久々の建築見学で、又、大先輩古谷先生と八木さんに会えたせいもあり、とても楽しんでいました。
昨年度までPTAで大変お世話になった教頭先生が、なんとここの小学校の教頭先生に栄転され、当日もお会いすることが出来何となく縁を感じる学校でもあり、印象深い見学会となりました。
奇蹟 について
希望の事を考えていたら、深みにはまってしまいました。
自分が学生の頃から最も興味のあった事・・・・・・ビッグバンと、生物の発生 について・・・・。
現在の科学では、この2つの事は全く科学的に説明が出来ない。なにもないカオスの世界から、全ての空間と物質が一気に出来たビッグバン。又、無生物から偶然の積み重ねでできたとされる生物。どちらも紐解くと膨大な議論なしには本質が語れないが、どちらもその突端には『奇蹟』がなければ話しが出来ない。
その奇蹟って・・・・・=物理学上絶対にあり得ない事が起こる事。なんですよね。でも間違いなく起こった。
大腸菌の鞭毛はあり得ない程ものすごい精密なメカニズムで出来ているが、その鞭毛は偶然が重なって淘汰されて出来たものなのか?これはある科学者によると、「ある日ガラクタ置き場に嵐が来て、それが過ぎ去った時、そのガラクタからジャンボジェットが出来ていた確率」くらいあり得ない確率らしい。人間は現在の最高技術を駆使しても、ウイルスの様な半生物態すら生み出す事が出来ない。ダーウインの進化論もおかしな所があり、世の中には色々な種(人間や虫、植物など)があるが、それらが一つの原始生物から進化して行くのに、その途中の生物の痕跡がないって事で、例えば羽の生えたハチは、羽の無いアリのようなモノから徐々に羽が生え、だんだん飛ぶように進化したのか?って事が大きな議論になっている。
色々考えると、自分的には結局一つの結論になります。(霊的なものではなく、)オリジナルです・・・。
・・・全てのモノ(空間かも。無生物も)は、意志(未来への方向性の様なもの)を持っているのではないか?・・・
ハチの羽は、飛べないアリの様なモノが『飛びたい』と思う(原始的な)気持ちが募り、ある日突然その方向にDNA変異を起こし子に羽が生え、(極端に言えば)その日から飛べるようになった。という仮説です。奇蹟は突然立ち現れると思いますが、ここで最も重要なのは、ある方向性(飛ぼうとする意志)がなければ、羽は絶対に生えない。という事実で、羽は数学的偶然と淘汰から生えたのではない。という事です。文章が下手なので変に読むととても滑稽なのですが、この『意志』または『インテリジェント・デザイン』等と呼ばれる何かは、明らかに存在せざるを得ない。と断言します。
そして、人間は高度な頭脳がこの『飛びたい』『こうありたい』と思う気持ちを考える。と思っているけど、本当は、この事は最も原始的で、全てのモノ(空間かも)が引力と同じ様なものとして持っているとしたら、ビッグバンも含めた全ての疑問は簡単に解ける・・・・・。ということが解りました。
書いていて、読む人に解って貰えない文章って事が解ってきましたので、今日はこの辺にします。
材木や泥を何億年かき回しても、家は絶対に出来ない。家は「家を建てたい」と思う意志(方向性)があった時に、一定の条件さえ揃えば、(奇蹟の様に)一気に出来上がる。これ、事実です。
昔読んだ、『マーフィーの法則』『思考は物質である』の信憑性が高くなって来ました。結論:希望(こうなりたいと思う意志)は人間だけの概念ではない・・・・・・。だから決してなくなるものではない・・・。
希望
ギリシャ神話では、人類の最初の女性であるパンドラが好奇心からパンドラの箱を開けてしまい、あらゆる悪いものが溢れ出た時に、最後に箱の底に残ったのが「希望」だったとされる(正確には、パンドラの箱に最後に残ったのは「未来を全て分かってしまう災い(前兆)」であり、それが解き放たれなかったことから、『希望が残った』としばしば表現される)。また、「希望」はキリスト教における神学的な徳の1つ。他に「信仰」と「愛」がある。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
経済ブログにあった現在の『希望のない世の中』について考えていた。かつては誰にでもチャンスはあり、一生懸命働けば報われるという希望があったが、もう椅子取りゲームの音楽は終わった。いま正社員という椅子に座っている老人はずっとそれにしがみつき、そこからあぶれた若者は一生フリーターとして漂流するしかない。~今の日本が不幸なのは、富が失われていることより希望が失われていることだろう。
『希望という漠然とした何かがあるから、あらゆる災いの世の中を、何とか生きて行ける。』ギリシア神話にある、人間の生き方の本質的な部分が大きく揺らいでいる様に思う。
思い出したのは、歌手:Mr.Children の HANABI という歌・・・・・
一体どんな理想を描いたらいい?
どんな希望を抱き進んだらいい?
答えようもないその問いかけは
日常に葬られてく
マクロ的だが、この国は平穏さを保つために、(意図的でないにせよ)様々な規制を造りすぎた。几帳面な日本人は規制を破ることを極端に嫌い、規制は人々を徐々に窮屈にし、だんだん一人歩きを始め、身動きすら出来ないようになってしまった。一度失敗するともう二度と復活する事が出来ず、今のスタンスに止まる事以外の選択肢がない。やがて人々はチャレンジすることを恐れるようになり、しまいに、人間の心の一番大切な所である、『希望』が奪われ、『絶望』といっしょに生活する事になり、成長が止まる。
タイムリーな事に、先日のSMAP草なぎ氏の越権逮捕は、この事を象徴する事件となった。法律を守ることが、人として生きることより優先させられ、希望をまた一つ奪われた瞬間。
建築基準法は、画一的で陳腐な建物しか許さず、人々の豊かな感性や可能性という希望を結果的に全て奪った。
パンドラの箱が開いてあらゆる災厄が出たあと、残ったのは希望だったが、むなしい希望こそゼウスが人間に与えた最悪の災厄だったのである。と経済ブログは結んでいるが、絶望し心がポッキリと折れてしまった人間は、希望がなくても生きて行けるのだろうか?
最近麻生総理大臣の顔を見ると、最高級に苛立つ。既得権とブレーキしかない『小手先の正しいことしか出来ない』官僚政治からは『絶望』の風景しか見えない。
規制緩和+構造改革という2大改革の、規制と構造を脈々と造り上げたのは官僚に他ならないのだから・・・・・。
日本建築家協会群馬地域会 代表幹事
4月18日の日本建築家協会(JIA)群馬地域会総会(於:東京千駄ヶ谷JIA館)にて、とうとう代表幹事ということになりました。、代表という名に恥じぬ様、精一杯頑張る所存ですので、皆様どうか暖かい目で見守って頂ければと思います。
早速様々な講演会、見学会等の情報が乱れ飛び、建築界のビッグネームも続々と群馬に登場致します。(関係者には詳細は後ほどお知らせします。)
もちろん、日々の業務に怠りはなく、スタッフ共々毎日精一杯行っておりますので、御安心下さいね。
会議
某団体の会議に出席。東京にて午前11時より夕方の5時半まで。議長、司会の進行は全くそつが無く、説明も的確、内容についての異議もあるわけでは無いが、またこのような事は意思疎通のために必要なことなのかもしれないが、この時間が自分には苦痛である。結局議題のその全ての事柄が『金がない』と『うまくゆかかい』というたった数文字の事を伝えるために、膨大な時間を費やしている。ざっくりやりすぎると傲慢だと言われるのだろうが、いちいち詳細な事の伺いを理事に説明し理解を求める必要があるのだろうか?『こうしたいが異議あるか?』というアクション側の発言が主で事足りると思うのだが・・・・・。そういえば、国会中継を見ていると、その進みが遅くイライラする事がある(特に要領の悪い議員)が、その事と同じなのだろう。人を説得するのにはいかに時間と労力が掛かるかを垣間見た。支部長様。大変御苦労様です。勉強になりました。自分も忍耐を覚えよう!それにしても人に話をするという事は難しいですな~。
無印良品 朝の家
http://www.muji.net/ie/asanoie/
無印良品 朝の家 MUJIの家第3弾。
「流行に左右されず、どんな街並にも馴染み、誰もが親しみやすい普遍的な形を追求した家です。」 ・・・等々とある。
この家の発想の根っこの所は、いろんな所で私達の事務所と同じ。大企業ゆえの性能安定性や、基本をはずさない確かなイメージ戦略、個人的エゴの香りのしない「水」のような指向性など、企画した人々はすばらしい方々だろう。(原氏や深澤氏、杉本氏等時代最先端の方々もきっと参画されているのだろう。)無印の無印たるゆえんである所の直球ストレート・ド真ん中の商品である。無印の家がこれを造らなかったら無印ではないよ・・・。大企業の戦略もここまで来たかと関心するが、丁寧に造るのに最も大切な事・・・・建主に合った細かな工夫=『ていねいな手作り』が出来ない所が、大企業ゆえの根幹的最大の難点かも。(熾烈な戦いに挑戦します。建築は日用雑貨とは比べるべくもない程の、深い思想や歴史があり、学問として昇華しています。)
『普通のものをギガ(giga)丁寧に。』:200年住宅構想を思考面と技術面から真顔で受け取る自分がいます。
だれにも負けぬ程思考していたつもりでしたが、ぬかりがあった様です。大変勉強になりました。無印良品様、ありがとうございます。同業ですが、この次の展開が楽しみです。無印は言っています。『世界の人々は今、気づきはじめています。安く生産され、形だけのブランディングで味付けされたものを手にしても幸せにはなれないことを。』と。この言葉、浸みます。また、この様な建物が御希望の方には、是非当方事務所に御連絡頂ければと思います。
次女の入学式

午前中は次女の小学校入学式に参列。式直前から娘は慣れない場のせいか、席に座る事をいやがり結局父兄席の隣に座る。元気よく返事をする練習もし上手に出来ていたが、本番ではやっぱりうまく行かなかった。でも、父親として大満足。大人でも緊張する様な式で色々な事を考える事は、感受性がとても高いという事で、人と違っていてもそれがその子の成長に欠かせない事であり、我が子にとってはとても有意義な事であったし、このまま色々な事を積極的に学んで、この子ならいつかきっと他の子以上に個性溢れる対応で、りっぱにこなせるだろうという確信を持った。今後様々な困難に出会うだろうが、親として堂々と、いや、最大級に積極的にまた意識的に我が子のために全ての事にチャレンジ・開拓して行きたいと強く思った。これから毎日の朝の送り迎えは自分の役目となる。少しづつ一緒に歩き、1~2年を目処に自宅から徒歩で往復、最後には一人で通学出来るように一歩一歩、一日一日を着実に積み重ねて行きたいと思っています。
又、午後は長女の中学校の入学式にPTA副会長として出席。新たな気分で新しい子供達を見守りました。様々な行事に参加する事は、辛い事だけでなく、嬉しい事・良い事も訪れます。出来るだけの事を、いや出来そうに無い事までも、前向きに実践して行こうと思います。
ゾルピデム
あるTV番組から、画期的な情報を確認しました。
一般的な睡眠薬『ゾルピデム』が、重度の脳障害がある患者において植物状態からの改善を促す絶大な効果があることが判明した。
少なくとも過去3 年間は植物状態であった2 人の交通事故患者と1 人の交通事故溺水患者の意識の状態ついて、ゾルピデムの投与前後でGlasgow Coma scale, Rancho LosAmigos scale(認知のスケール)を使い評価した。また、この薬を毎日投与することで長期的にどのような反応がでるか、3~6 年間モニターした。
全ての患者が毎日ゾルピデム投与後に一時的に目を覚ました。
1 人目の31 歳の交通事故後の患者は、3 年間植物状態で周囲からのどんな刺激にも有意な反応は示せない状態であったが、マイスリー投与後は反応し、会話、飲食、冗談をいうことさえできた。2 人目もまた31 歳交通事故後の患者で、3 年間反応はなくいつも苦悶の叫び声を挙げていた。彼はマイスリー後、自分の名前を言ったりTV を見て笑ったりと適切な反応ができるようになった。またSPECT で両側前頭葉の取り込みが著明に増加した。3 人目は29 歳男性で、交通事故の際の浸水で溺死しかけた既往を持ち、5 年間植物状態であった。彼も周囲に反応してかかわることが出来ない状態であったが、ゾルピデム投与後は適切に反応し、会話をしたり笑ったりできるようになった。この3 人で、いずれもゾルピデムの効果は20~30 分で現れ、1 時間後にピークに達し、4 時間でまたもとの状態に戻っている。Glowgow Coma Scale の点数は、ゾルピデム投与の前後で6-9/15 から10-15/15 まで改善した。Lancho Los Amigos Cognitive scores は投与前でⅠ-Ⅱ、投与後はⅤ-Ⅶであった。薬効は減弱せず、3~6 年間、毎日の投与が行われている。そして長期連用による副作用は認めていない。
ゾルピデムは植物状態の患者において、脳機能を回復させる効果を持つことがある。
~以上ネット上の情報より。
我が子が髄膜炎を発症し、約10日間の昏睡状態から復活したその日、病気前と同じ様に会話(当時2.5歳)し、歌を歌ったり出来たにも関わらず、その翌日から、全てを失ったという事実は、脳が細菌や高熱により破壊されたのではなく、病気が全て治まった後に脳の『萎縮』等と称される未だ解明されていない「何か」により変化した事。「低体温療法」など、病後の措置を的確にする事で、後遺症が回避される事実。すなわち、脳は他の臓器の様に細菌や高熱等で壊れてしまう『生きた細胞』の様なものではなく、記憶の膨大な蓄積として堆積している『物質の地層』のようなもので壊れることはなく、その後の何かによって、様々な意識の結線的障害が現れているという事を証明している。そしてその結線的障害は比較的簡単な作りで、何らかの薬等により容易に再確立出来るものの様に思われます。
この事実(=我が子の奇跡の1日)は、理系人間の自分の頭に、時系列的に『理解できない不思議な事』として深く刻まれていましたが、今回この様な研究がなされている事を知り、漠然としてではありますが、最大級の大きな希望を確信し、娘の障害が近い将来必ず払拭されるであろう事が証明された様に考えています。物理的な脳損傷を受けている患者ですら奇跡的な意識回復が事実であるならば、これはまさに天地を揺るがす程の世紀の大発見です。
PTA活動
4月は様々な行事のスタートの会議や会合が目白押し。長女の通う中学校のPTA本部役員を引き受けて漸く2年目となり、やっと全貌が見えて落ち着いた行動が出来るようになりました。一方建築家協会の代表の立場も少しづつ業務の行く先が見え始め、大きな困難にも対応出来るだけの余裕が出てきたように思います。学校に関わったり、社会と関わるという事は、時間的制約があるものの、様々な出来事や出会いがあり、心地よい緊張感による新しい発想が生まれそうな気がします。毎日が分刻みの感覚は新鮮で、かえって落ち着いた思考の手助けになるような気さえしています。この不況を逆手に取り、この調子で毎日を丁寧に生きて行ければ・・・・・・。と感じています。
U邸外構工事のお手伝い

予定していた建主様とのコラボ・・・建物コンセプトである外土間の石貼り工事をお手伝いしました。良い天気にも恵まれ、朝から広い土間に地元産多胡石乱貼りを目指し、悪戦苦闘・・・・。
午前中は『もしかしたら、出来ないかも・・・・・。』などと弱気な心が少し顔を出したりしましたが、徐々にペースも上がり、プロの職人さんの到着もあり、徐々に見事な仕上がりに・・・・。
1日で約1/3程度完成し、みんなで記念撮影。皆様お疲れ様でした。
日頃の不摂生で身体が動かず、久々に職人さんの偉さを実感しましたが、結構やってみれば見事な代物が出来る事が体感できました。昨年初めて見た時は正直ちょっと粗末に見えた多胡石も、丁寧に貼ればそれは見事な仕上げとなり、建主様始めみんなの記憶に刻まれた石土間となりました。結構感動かも・・・・。
石外側にも土が盛られ、当初の目論みを超えたすごい土間が出来上がりました。建主のU様始め工務店の皆様、スタッフの2人も含めありがとうございました。
日々の業務見直し宣言!
いままでもそれなりにそつなく行っていましたが、4月より日本建築家協会群馬地域会の代表となる事を契機に業務見直し宣言をしたいと思います。
・設計、監理業務の地道なチェックをキチンと書面で行う事。
・丁寧な現場監理をブログに載せて記録して行く事。
・顧客満足度を最大限に上げる様、様々な資料を丁寧に作る事。
・設計他団体との連携を深め、社会に明るい未来を提示する事。
毎日の業務を根本から見直したいと思います。
成果を徐々に上げ、当ブログに掲載したいと思います。
今日は特に気合いが入ってます。
第5世代の環境建築
1.外部緑化
2.耐久性
3.断熱気密
4.日射調整
5.換気通風
6.蓄熱
7.健康性能
8.自然・廃棄エネルギー
自分達は上記項目は設計において日々注視し、最重要項目として確認している。あたりまえに実行するだけでなく、より精度の高いものにして行かなければならない。と思います。
太陽光発電と住宅屋根デザインの関係

買電義務化、価格も倍に 家庭用太陽光発電普及へ新制度
経済産業省は24日、太陽光発電の普及を進めるため、家庭で発電した電気を電力会社に買い取らせる制度を創設し、2010年度までに始めると発表した。現
在、電力会社がサービスとして買い取っているのを義務化したうえで、価格も2倍程度に引き上げる。電力会社としてはコスト増になり電気料金に転嫁される
が、値上げ幅は標準家庭で月額数十円から100円程度に抑えられる制度内容にする方針。
2009/2/25
だいぶ出遅れた感があるが、ようやく国が太陽光発電普及の一手を打った。これで太陽光発電は爆発的に普及するだろう。概ね20数年という減価償却年数がほぼ半分の10年程になる計算。耐用年数から考えてもやらないのは損って事・・・・・・。(ただし、概ね10年間だけらしいからそこはちょっと微妙かも。)だいぶ強引且つ唐突で、おかしな業者がたけのこの様に出てくるだろうが、しかたのない事か・・・・。
自分達は数年前からこの事を深く考え続けていた。住宅の屋根は、南向き勾配屋根でなくてはならない・・・と。 何故なら将来太陽光発電パネルを設置するから・・・・・。ようやくその時が来た様だ。このたった1本の制度により、これから日本中の新築住宅の形が変わる。もはやデザイン重視のフラットな屋根の住宅は存在し得なくなり、全ての家の屋根がひまわりの花のように太陽を向いた形になる・・・・・。社会全体が形をも変えながら大きく動きだしているような・・・・・。
写真は自邸に設置してある太陽光発電パネル。庇を利用した架台を造りパネルを最適角度としている。隣地に変な高層物が建たない事を祈っています。
住宅に過剰なデザインは必要か?
毎日見る建築の専門雑誌には、沢山の新しい建築が掲載されている。それらは写真としてとても美しく、ダイナミックな空間造りや、家具・建具等細かな収まりを工夫し、見栄えの良さを最大限に押し出し「売り」にしている。
一方で、東京都庁舎の改修費に1000億円かかるというニュースが出るや、豪華すぎ、過剰、メンテを考えていない設計等々、たくさんの批判コメントが寄せられる。
美しく斬新で、しかも丈夫で安価という、相矛盾する要素を織り交ぜながら建築を造る事は、住宅設計では実は極めて難しく、何度チャレンジしてもなかなか結果を産む事が出来ず、もがき苦しんでばかりいる。
超高齢化社会、地球温暖化、資源枯渇、資本主義社会崩壊・・・・・社会で騒がれている様々な暗いニュースは、一言でまとめると「これから日本は今より厳しくなるから覚悟シロ!」と言われ続けている様に思うのだが、その様な未来に相応しい住宅は果たしてどのようなものなのだろう?
色々と考えてスマートに答えを出そう。
これから押し寄せるであろう巨大津波の様な不景気に、
先日TVで観たダーウィンの言葉が心に響いてくる。
『最も強いものが生き残るのではなく、
最も賢いものが生き延びるわけでもない。
唯一、生き残るのは変化できるものだけである。』
チャールズ・ダーウィン
村上春樹氏の尊厳と中川(酒)の醜態
この所の政治関連のニュースは、常軌を逸しています。政治・行政に怒りを通り越して呆れていた所にこれだもんなぁ。怒り→呆れ→・・・・・次に来る感情を表す言葉が見つからない・・・・。安倍でがっかり、福田で怒り、麻生で呆れて、中川(酒)で・・・・・・。ノンポリだった自分が政治に関心を持つ様になったのは、現状の日本社会への強烈な不満感からなのですが、変化スピードの遅さにだいぶストレスが溜まります。この様な政治不在の間に、官僚達は脈々と自己保身の法律を造り続け、国民は未曾有の大不況にもがき苦しんでいる・・・何という愚かしい国・・・・・。もはや我慢がなりません。
一方の村上春樹氏のスピーチは、少々小説じみた出来過ぎの感もありますが、感情を揺さぶられました。
池田信夫氏blog他色々なブログがあるようですが、
要旨コピペさせて頂きますと、
一、イスラエルの(パレスチナ自治区)ガザ攻撃では多くの非武装市民を含む1000人以上が命を落とした。受賞に来ることで、圧倒的な軍事力を使う政策を支持する印象を与えかねないと思ったが、欠席して何も言わないより話すことを選んだ。
一、わたしが小説を書くとき常に心に留めているのは、高くて固い壁と、それにぶつかって壊れる卵のことだ。どちらが正しいか歴史が決めるにしても、わたしは常に卵の側に立つ。壁の側に立つ小説家に何の価値があるだろうか。
一、高い壁とは戦車だったりロケット弾、白リン弾だったりする。卵は非武装の民間人で、押しつぶされ、撃たれる。
一、さらに深い意味がある。わたしたち一人一人は卵であり、壊れやすい殻に入った独自の精神を持ち、壁に直面している。壁の名前は、制度である。制度はわ たしたちを守るはずのものだが、時に自己増殖してわたしたちを殺し、わたしたちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に殺させる。
一、壁はあ まりに高く、強大に見えてわたしたちは希望を失いがちだ。しかし、わたしたち一人一人は、制度にはない、生きた精神を持っている。制度がわたしたちを利用 し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。
『壁=制度。』
まさに自分が日々悶々としていた感情を表してくれた言葉です。さすがノーベル文学賞候補!
-制度がわたしたちを利用
し、増殖するのを許してはならない。制度がわたしたちをつくったのでなく、わたしたちが制度をつくったのだ。- この事を杓子定規が大好きな日本人は、肝に銘じてほしい。と思います。建築基準法にせよ、公務員法にせよ、いったい誰のための制度なんでしょうか?呆れた制度を山のように造り、国民を犠牲にするのはもういいかげんにしてほしい。制度がこうだから・・・・と始まる会議はもうやめましょう。だって私達は生きた魂を持つ卵なんですから・・・・・。(※久々に怒り爆発!!)
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合成の誤謬:ごうせいのごびゅう
ミクロの視点では正しいことでも、それが合成されたマクロ(集計量)の世界では、かならずしも意図しない結果が生じることを指す 経済学の用語。
経済学に限らず、結構身近に起こる現象。良かれと思った事が、返って逆効果になる事って、結構多い・・・・というか、だいたい逆になってしまう様な昨今。あまのじゃくで人の言う事の逆の事ばかり考える自分にとっては、結構当たる時代かも・・・・。状況的に上がる事間違いなしの株は下がり、これ絶対無理と思う株が上がる。設計に通じるものがある・・・・・。
池田信夫氏のブログ http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo が気になり毎日欠かさず見ている。まるで関係ない様に見える経済学がいつか設計に本質的に活かせる日が来る様な気がする。アメリカの大統領就任で感涙の涙を流すアメリカ国民を見て、日本人である事が恥ずかしく思うこの頃・・・・虚飾をすてて深い設計の思考の中に入り本質を探ろう・・・・・。
無印良品 杉本貴志他

超有名店舗『無印良品』の最新店舗。鉄と木のみで構成された内装は、陳列されている商品と同じコンセプトで、極めて身近にある素材をざっくり感で素朴に、しかし計算しつくされたとても戦略的な内装。鉄板は厚2mm程で雑にサンダーを掛けた様な仕上がりで、錆をウレタン塗装のようなもので押さえていてSUSビス止め。一方木は、かなり使い込まれた風な300mm程度幅広厚板を、縦横ある程度不規則に貼っている。釘・ビスは木部には一切見えないディテールはさすがで、部分で商品陳列用金物が埋め込まれており素朴な中にも緻密な戦略が見え隠れしている。鉄と木という極めて身近な素材を、使い込まれた感を丁寧に演出しながら、真正面からストレートに勝負しており、この路線を取られると他店舗は何かで『飾る』しかなくなる。素っ気なさ過ぎる事をブランドにした無印良品の商品コンセプトと見事に一致している内装は、ずるい程、正の王道である。(でもやっぱり飽きる・・・・・・。)
ミットタウン内店舗 店名・作者不詳

化粧品と思われる店舗。凹凸のあるレンガタイル壁に間接照明什器。一見オーソドックスな感じだが、中央に大きめシャンデリア。(ちょっと小さいかも・・・) 最近の店舗に良く見られる『一点豪華主義』的ミスマッチな豪華&ヴィンテージ感。このような『テイスト』感が内装の生命線で、センスのあるなしが売り上げに絶対的に反映する。客は見えてないようで結構敏感に感じている。同じカロリーと栄養素である2つのラーメンが、『スープだし』の微妙な味によって売り上げを決定する様に、極めて微妙なセンスの差異によっている事が、日本の状況を端的に表している。
流行に敏感で、流行に弱い日本人相手には、より過敏にならなくては生きて行けない。行き過ぎて『過敏症』にならないように注意しながら、ていねいに研ぎ澄まそう・・・。
とらや ミッドタウン店 内藤廣
高級なクリスタルの様に透明感のある輝きを端的に表現する店舗達。その手法を探ろう。
評論家的表現の練習なので、無責任な発言をお許し下さい。
最も尊敬する建築家・内藤廣氏設計による、『とらや』ミッドタウン店。巨匠建築家らしい全ての無駄な贅肉をそぎ落とし切った意匠は、相当な時間と労力を使い創作された、馬蝗絆(ばこうはん)の様な白磁湯飲みをイメージさせる釉薬のかかった乳白色の小ぶりな陶器状穴あきブロックのみで表現され、ほぼ全ての壁を造っている。要所でその形を変形させ、スリットやBOX小窓、小さな看板を、いかにも小さく控えめに、丁寧に配置する事で上品さを醸し出させているのが大きな特徴と思われる。早稲田建築に共有する美学がそこにあり、極めて玄人好みで自分的には好感度が高いが、素人の人が見てどう思うだろう?(否定語ではありません) 小さすぎる看板はかつて自分の父親に『看板は下品にでかくないと、年寄りには見えない』と反論された事を思い出しながら、いろいろ文句を付ける人がいるかもと想像。究極体は大きなメリットとデメリットを併せ持ち、店を深く観賞し設計者の意図を探るためにはそれなりの広範囲な知識を必要とする。ぱっと見の美しさと深いストーリーを込め、他を一歩リードしなければならない最先端は大変な重荷だ。
新年あけましておめでとうございます。
年始早々ギックリ腰となってしまい、激痛で起きられず散々な年始めで、日頃の不摂生を猛反省しています。しかし逆に、反省からのスタートは自身の生活に喝が入りかえって良かった様にも思っています。カイロプラクティックに初めて赴き、色々な体の仕組みを実際に体で教わり、人体の極めてシンプルで明快な働きに新鮮な驚きを実感致しました。おかげ様で1日ですっきりと回復。第一頸椎の仕組みと重要性を深く知った日となりました。
『原因と結果の法則』の神髄がくっきりと見えた。ような気がする・・・・。
迷い道の只中にいる建築思考や社会秩序の脊髄に、原則中心の深く正しい秩序の存在を再実感した日でした。
迷う事なく信じた道を進もう。
運動もしっかりしたいと思います。
今年も宜しく御願い申し上げます。
軽井沢ショッピングプラザ ニューイースト 池原義郎氏

施設見学で軽井沢。今回は高崎工業高校実地研修として、学生さん達と共に見学。
ここ軽井沢ショッピングプラザには、池原先生(早稲田大学名誉教授で私達の恩師&心の師匠)の作品が、ニューウエスト(焦げ茶の四角)、味の街、ボーリング場に続き、今回のニューイーストも加わり、色々見学が出来る。これから建築を学ぶ学生さん達には、まず「ホンモノ」を観て貰う事が重要と考えて、少し遠いけれど見に行って来ました。かつての記憶が色々と蘇って来てとても感慨深いものがあり、良く晴れて最高の見学日よりで何より。
最新の施設群がこのニューイーストに続くように造られており、カラ松の大庇の部分だけをまるっきり真似て出来ていたが、建物そのものは倉庫の様なお粗末な建物で全く池原先生の作品とは異なるもの。先生の了解を得ているのだろうが、この様な部分だけをまねた露骨なパクリは頂けない。切り妻屋根の方がボリュームがありイヤに目立ってしまってしまいおかしい感じ。せめて奥側のギンギンに光る切り妻勾配屋根はある程度隠すか、緩勾配としてもらわないと何とも情けない感じがするのだが・・・・・。(勝手なコメントすいません)
冷静の美 和の精神が生み出すデザイン より
深澤直人氏:
『和の美意識には2つあると思っています。
一つは「手垢をつけない」ということ。つまり人の汚れを寄せ付けずに、神格化した荘厳な美しさを保とうとするミニマルな概念。
もう一つは「ケアする」ということで、汚れを拭き取っていくことでにじみ出てくる美。
たとえばアフリカの原住民が別の国から持ち込んだポリタンクで毎日水をくんでいる。それをぼろぼろになっても使い続けて、意外と良い感じになっている。』
写真は、ほぼ自分と同じ年齢であろう事務所にある裁ちばさみ。何度か磨いて錆を落としている。
一方で、この所、経済のしくみについていろいろ考えている。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo
整理しないと秩序だって書けないのでここでは言いませんが、この池田信夫氏のブログは現在の立ち位置を確認し、新しい設計やアイデアの発想を考えるのに参考になる気がします。時代が大きく変わって来ている事を感じています。
山梨県立美術館-前川國男
甲府市にある山梨県立美術館 。設計:前川國男氏。1978年とあるから今から30年前の建設である。堂々とした外観は現在の感覚でも全く古臭さを感じず、極めて美しく丁寧に手入れが為されている。打ち込みタイルと打放コンクリートの列柱、ボーダー、そしてシンプルに型取られた小庇付開口の配置は、目新しさに媚びることのない、落ち着いた、永い未来に向けて朽ち果てる事のない美術館を目指す当時の設計者の意志を感じる。主な展示室は2階にあり、動線計画も王道。数年前に増築棟も増設されているが、正面に見える富士山を見せるピクチャーウインドウのために、建物をあえて反らしている。
この美術館は、ミレーを中心とした、バルビゾン派と呼ばれる作品群を核に、独自の確固たる方針を持ったコレクションがあり、人気が高い。ちなみにバルビゾン派とは、フランス フォンテーヌブローの森のはずれのバルビゾン村に定住し、風景や農民の風俗を描いた画家たちの事で、哀愁ある色やタッチが自分を含めた日本人の琴線に触れる。
金融危機や経済不況など、お金の事ばかり心配している都市快楽主義者(自分のこと)よりも、この絵の様な貧しくても大地と共に生きる農民画家に一種憧れるのは、歳をとってきたせいかも・・・・。それにしても、今から百年程も前に、その日に食べるパンを買う金もない程の貧困に耐え、この様な途方もない作品を造り上げる才能・気合いには、同じ作家の端くれとして最大限の敬意を表すると共に、世界的に有名な美術には、とてつもなく深い人間の限界を思い知る。それに比べ自分は今どれほどの努力をしているのか・・・・・。情報や機能の道具など持ってなくても、気持ちさえあれば遙か遠くへ行ける・・・・超集中して行こう。
ボールペン替え芯
BRFN-10F
ボールペンはシグノ(三菱鉛筆)と決めているのですが、直ぐに乾かない不具合で何度か心痛い事故に遭遇し、新たなTPO(Time、Place、Occasion)(手帳用)を求めてマニア心が目覚めてしまいました。仕事の合間に色々検索、辿り着いたのがこれ。
国産レフィル、筆記距離/価格、互換性等、自分的尺度で行き着いた、新低粘度油性「パイロット、A-INK」。三菱ジェットストリームより筆記距離が長く安い。とっても滑らかでいいです。未だ知る人ぞ知る的な所がとっても良いです。これ。(筆記距離に関しては体感値で憶測が含まれています。)
ネット検索すると、ある程度の事が解り、世の中には同じ様な事考えてる人っているんだな~。などと考えつつ、密かに-10M(中字)がほしいかも・・・・。と思っています。(外国では既に売っているようです。)
ちなみに、本体は
パイロット カバリエ。
ノック式+耐久性重視ですが、インクに鮮度のあるボールペンは超長期的展望は薄く将来の買い替えに備え価格を抑えてみました。充分。(パーカーは軸太く手帳用は・・・・だけど・・・・オートの替え芯使えるみたい・・・)
頑なに「多機能(シャーボみたいな色々入ってる、壊れやすさを絵に描いたような、媚びた姑息なやつ)」は体質的に拒否し続けてる自分が見えます。目先の便利さと引き替えに耐久性を譲ってはいけない!























































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